柔道他スポーツ・格闘技・格闘ゲームニュース


2008年07月26日

星野監督、ルール変更に不快感=タイブレーク導入「抗議したい」〔五輪・野球〕

ネタ元:時事ドットコム

最近のスポーツルールは「公平さを保つためのもの」でも「守るもの」でも「潜り抜けるもの」でも「変わるもの」でもなく、「テレビのために変えるもの」になっちゃいましたね。柔道しかり、バレーボールしかり。

日本人はスキージャンプの板の長さの規定やバサロ泳法の制限に代表されるようにルールにはよく泣かされますから、ここは気をつけてもらいたいところです。
posted by 山嵐拓夢 at 20:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | オリンピック情報
2008年06月05日

2016年五輪開催候補都市、東京など4都市を選出 IOC


よしゃ、1次選考通過。
「今年が北京オリンピックなので、2大会後にまたアジア地域はありえない」という声が大半ですが、その北京五輪の行く末いかんではどう転ぶかわからない気もするんですよねー。ダメだった場合2020年にも連続で立候補すると表明してるようなので、そこをにらんで今から、って考え方もありだと思うし。それに2014年冬季オリンピックがロシアのソチになったので、2018年にもしまた韓国の平昌が3大会連続立候補の末当選となると、そこからさらにむこう10年は日本での開催が望めなくなってしまう。そこまで考えると今しかない、って気もしますね。また8年後、中国国内でのインフラが整って、観戦需要がさらに大きなものになるとすると、時差1時間なのでゴールデンタイムに多くの競技が放映できる日本でのオリンピックはビジネス的にも十分ありえるのではないでしょうか。20年後じゃ世界がどうなってるかわからないですしね。ちょっとせちがらい考え方ですが(笑)。
posted by 山嵐拓夢 at 22:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | オリンピック情報
2008年05月01日

井上康生 北京五輪出場ならず



これで全階級の北京オリンピック出場選手が決まりましたね。肝心の出場枠も全階級で獲得できたようで何よりです。欲を言えばアジア選手権とはいえ、そんな重要な大会はテレビ中継してほしかったところですが…。
正直井上康生選手に逆転選出を期待するのは酷な状況でしたが、優勝したとはいえ石井慧選手が選ばれたのは失礼ながら私も意外でした。複数の関係筋が棟田康幸選手落選の理由について「直近の井上・石井らとの直接対決に敗れたことが大きなマイナスだった」と話していますが、それもおかしな話。それなら棟田康幸選手は全日本選手権に欠場したほうが代表選出の可能性が高かったことになってしまいます。…まあ実際そんな状況も往々にしてあるのですが。
それに関連して、山嵐は今回の石井慧選手の逆転選出をこう見ています。来年以降、JUDOは正式なプロスポーツ化、ランキング制を導入することが決まっていて、世界選手権やオリンピックの代表は国際大会のポイント制によって選出されるようになります。つまり今まで日本国内において、いや選手によっては(棟田康幸選手も常々言っていたように)どの世界大会よりも価値があった全日本選手権の権威が著しく落ちることになります。よって今年は全日本選手権が、国内でオリンピック選手の選考会を兼ねて最も重要な位置付けで開催できる最後の年だったわけです。ただでさえ女子柔道では国内大会の選考会としての意義を疑問視されていた矢先、そりゃあ選考委員の方々も優勝者を代表にして、大会そのものに華を添えてやりたいという気持ちが働いても不思議はないでしょう。そのあたりの事情も石井慧選手に有利に働いた可能性が高いと私は考えます。
さてこの石井慧選手の代表選出。すっきりしない試合内容だったこともあって全体的にあまり歓迎されていないようです。ただ、個人的には「最初に大きなポイントを取って逃げ切る」というような試合運びも全く問題だとは思っていません。柔道界の古株たちがバカの一つ覚えみたいに「一本を取る柔道を」と言い続けてきたせいで日本柔道は負けが込み、結果逆説的に欧米のJUDO界に発言権を奪われ、一本を取る柔道を展開しづらい時代になってしまったのですから。理論派の加納治五郎先生だったら絶対に時代に柔軟に対応して、一本を取らずともいかにして勝つか、みたいな戦術(ひいては戦略)を練ったはず。…ただ、今回は講道館ルールのせいもあってたまたまうまくいきましたが、そもそも石井選手は若さもあってかまだその手の駆け引きは棟田選手ほどうまくありません。そういった純粋に対外国人の実力という意味で、棟田康幸選手のほうがオリンピックで勝つ可能性は高いのではないだろうかと山嵐は踏んでいました。…ただついでに言うと、棟田選手は対戦相手を「押し過ぎ」です。ずんずん前に出て場外際に追いつめるのが持ち味ですが、少なくとも講道館ルールでは「自分から故意に場外に出る」のと同じように「故意に相手を場外に押し出す」ことも一発注意の反則だったはずなのですが、国際ルールにあおられてか久しくそんなジャッジを見かけません。
そのへん良い意味で徹底してしたたかなのは谷亮子選手。あの方はだいぶ前から、試合の最初から一本なんかさらさら狙ってません。スピードと手数で相手を翻弄し、「焦ってくれればかけた技が一本になりやすい」程度に考えていることでしょう。どうして日本の名だたる監督やコーチはこの天性の戦術を分析して他の選手に徹底する能力が無いのか…。
我々観戦者も、安易に一本を求めるのは好ましくないと山嵐は考えます。格闘技でありスポーツである以上、一本より結果のほうが重視されるべきはずです。その前提のもとに戦術を練れば、必ずや今以上に「一本」の重要性が見えてくることでしょう。
posted by 山嵐拓夢 at 00:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 柔道(Judo)ニュース
2008年02月18日

柔道着の色 青と白どちらが有利? 英研究チームが分析

ネタ元:asahi.com
これは意外ですね、山嵐は高校時代、カラー柔道着の是非が取りざたされた頃に国語表現の授業で研究発表をしたことがあります。確かその時は「青は黒に近い暗色なので物を小さく見せる効果があり、旗判定で白の方が有利になるおそれがあるので反対」と発表した記憶があります。全然違ったっぽいですね…。
ただ、強いて言えば決勝戦のみのサンプルであること、また逆に旗判定で決着がついた試合のみの研究結果が無いところが惜しいですね。まあ国際試合ではゴールデンスコア方式が採用されましたので、今やほとんど旗判定を見る機会は無いのですが…。
カラー柔道着が採用されてからゴールデンスコア方式が採用されるまでの期間の旗判定の試合を調査すれば結果は違うと山嵐は予想します。となるとその時着ることになった柔道着の色によって戦略(術)を変えるのが最も効果的?まあ、それも柔道センスのひとつですかね。
posted by 山嵐拓夢 at 01:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 柔道(Judo)ニュース
2008年02月10日

柔道誤審問題の『根本にあるモノ』と、決意表明。

ようやくこの話題を取り上げる好機が訪れました。

2月3日夜8時からフジテレビで放送された『ジャンクSPORTS』。この中で元柔道全日本チャンピオン・シドニー五輪銀メダリストの篠原信一氏が、私が知る限りでは柔道界の第一人者としては初めてこの『真実』を公の場で口にしてくれました。

「オリンピック柔道男子60kg級決勝の野村忠宏選手の技は、全て一本ではない!」

……そうなんです。柔道を少しでも知っている人間ならすぐに分かることですが、あんな大舞台で、野村忠宏選手は、言ってしまえば『誤審』で勝ってしまったのです。

「VTRないんですかね!?」

と篠原信一氏は強く要求していました。もちろん彼はジャンクSPORTSのなごやかな雰囲気に合わせて、冗談めかして話題に応えたという部分もあるでしょう。しかし言っていることそのものは紛れも無く本心だと思います。アテネオリンピックの決勝はそもそも優勢勝ちでしたが、シドニーオリンピック決勝は相手選手が技から逃れようと自ら一回転していて、ほとんど背中は畳についていません。まあ勢いだけ見れば大きなポイントを宣告されても文句は言えないかな…といった程度。そして、特にアトランタオリンピック決勝での野村忠宏選手の一本は、柔道弐段の私から見ても技としては『有効』相当の、本当に、掛け値なしの『誤審』でした。…結局VTRは流されませんでしたが、その理由は分かりません。ただ、たとえ用意されていたとしても、おそらく放送されなかったのだと思います。マラドーナの『神の手』ですら、きちんと誤審(反則)であったとの見解と謝罪に至るまで22年の歳月を必要としたのです(サッカーというスポーツにおいてそれが謝罪を必要とするのかどうかは別にして)。北京オリンピック代表選考を控えたこの時期では、本当にデリケートな問題に発展しかねないのですから。

篠原信一氏は、「自分はガタイがでかいからヒール(悪役)扱いされる」、と語りました。それに続けて、あの『世紀の大誤審』と言われるシドニー五輪の100kg超級決勝・ドゥイエ選手との一戦にも触れていました。ちなみに山嵐の見解としては、確かに篠原選手の内股すかしが決まっていますが、『Judo』の判定としてはドゥイエ選手の『しがみつき』が有効であるとも言え、また、自身の技の勢いで跳んだのか篠原選手にコントロールされたのかは一瞬の見た目には判断がつきづらく、私が審判をやったとしても的確に判定できたかどうかは怪しい、というのが正直な感想です。もちろんそれまでの試合の流れも含めて。…とはいえ少なくともこれだけは断言できます。「野村忠宏選手がアトランタ五輪の決勝で取った一本ほど確実な誤審ではない」と。柔道弐段の私がそう思うのだから、審判や国際柔道連盟やドゥイエ選手やフランスに苦情を送った多くのにわか柔道ファンも実際には全てを理解して誤審だと憤ったわけではなく、周りの雰囲気と熱気に惑わされただけのように思えます。もちろん私の柔道センスがにわか柔道ファンの方々以下である可能性もあるのですが。

閑話休題。しかし、篠原信一氏自身は気付いているでしょうか?体が大きい小さいの前に、彼と野村忠宏選手は同じ『日本人』です。『柔道発祥の地』の人間なんです。アトランタオリンピックの時は、日本と諸外国との実力差はかなり小さくなってはいたものの、まだ『柔道』はヨーロッパの商業主義やレスリング感覚に侵食される前でした。つまり日本人選手の技は、まだその時は世界Judoの『お手本』だったのです。

そのお手本たるべき存在が、肩が一瞬畳についただけの背負い投げで、『一本』を取ってオリンピック金メダリストになってしまった。

あの試合を見ていた世界中の多くの柔道家の卵たちが、疑いも無くこう思ったことでしょう。「なるほど、これが日本柔道の『イッポン』か!」…と。

断っておきますが、私はれっきとした日本人です。日本人選手に勝たせたい気持ちはもちろんありますし、野村忠宏選手が嫌いなわけでも、彼が誤審問題の原因であると考えているわけでも、「運も実力のうち」で勝った、などと言うつもりもありません。野村忠宏選手の努力と才能がこれだけの輝かしい成績を呼び込んでいることは間違いないのです(まあ本人が大の練習嫌いであることを公言してはいますが・笑)。

しかし、です。山嵐にはあの試合が、度重なる国際試合での誤審問題・柔道とJudoの乖離・柔道界で日本の発言権が失われていくきっかけとなった『象徴』であったように思えてなりません。柔道ファンの皆さん。他にも日本人選手が活躍した試合で、「正直に言えば…この判定、間違ってないか?」と首をひねるものが多々あったと思います。日本人の柔道感覚に対する世界からの『不信』こそが、何が『技』で何が『一本』なのか、と世界を戸惑わせ、ここまでJudoをグロテスクなものにしてしまった、と言えるような気がします。…その行き着く先に、篠原信一氏が被った『柔道における誤審』や、2007年・リオデジャネイロでの世界柔道男子100キロ超級2回戦で鈴木桂治選手が被った『Judoにおける正審』があった、というわけです。

諸外国の柔道関係者の気持ちは、こうです。…いいですか?ちょっと乱暴に言いますよ?

「シドニー五輪100キロ超級決勝戦以降、日本人が『他の国の審判は誤審だらけだ!ビデオで確認するようにしろ!』ってうるせーからわざわざ手間かけてビデオ判定やってやったのに、今度は『最後に畳に背中をつけたのが鈴木桂冶選手だからって、スローで確認する映像では実際の技の威力や体の流れは伝わらない!』だあ?…日本人は一体何を言ってるんだ!?」

…日本人の私だってちょっと冷静に客観的になればそう感じるんですから、そりゃあ外人は理不尽に感じるでしょうよ。そんな不信感を抱いた人間に今さら『死に体』がどうのこうの、なんて説明してもなかなか納得してもらえないのは当然です。

もちろん不幸にも割を食ってしまっただけの選手・関係者がほとんどなのでしょうが、その実態は『柔道とは何か、一貫した主張をしてこなかった日本人全体へのツケ』であるように思えてなりません。

ルールのあるスポーツにおいては、こと柔道においては特に、勝敗は極めて厳格に公平に判断されるものでなければなりません。なぜなら柔道はその二大教義のひとつに『自他共栄』を掲げているからです。自分と相手は、切磋琢磨の末、ともに高めあい、人間的にも成長していかなければなりません。つまり柔道家というものは、真剣に本気で勝負して勝つことと、自他を客観的に認めて尊敬し合うという二律背反を体現せねばならないのです。

もし日本人柔道家の根底に、「たとえ明らかな誤審であっても自国の選手に有利な判定なら黙っていればいい」というような考え方があるのなら、商業主義の台頭やレスリング化を待つまでもなく、日本人が柔道を世界に広めようとしたその時からすでにJudoは柔道では無かった、と言えるでしょう。そしてそれは柔道を知る日本人たちのアトランタ五輪男子60キロ級決勝(あるいはシドニー五輪男子60キロ級決勝)の後とシドニー五輪男子100キロ超級決勝の後との反応の差を、または仲間を応援する日本人選手たちが大した技でなくとも一本をアピールする姿を見るに、残念ながら真実であると言わざるをえないように思われます。こう考えると、今現在のJudo界の諸問題はある意味自業自得であるとすら言えてしまうかもしれません。

柔道に限らず、正しいと思ったことを、周りに流されず、自分の所属する側に不利な発言をもするというのは、本当に辛く勇気のいることです。「なぜ柔道だけ、なぜ日本だけ、なぜ自分だけ」と感じることでしょう。…ですが、柔道とは教義的にそれが求められるものなのだと私は考えています。そしてその発祥の地で生まれたわれわれ日本人が、世界に率先してそれを示さなければならなかったことは言わずもがなでしょう。

もちろん私は柔道とJudoの未来を憂う気持ちからこの記事を書きました。個人的なスタンスとしては、私が学生時代に学んだ柔道をできるだけそのままの形でJudoとしても後世に残したい、とは考えています。しかし私は徹底した『自他共栄』の精神に則って、それが個人的な感傷に過ぎないことも自覚しています。実際には級を分ける体重区分や寝技の効果判定時間、その他細かいルールもどんどん変わってきています。正直なところ、長年柔道を嗜んできた私でさえその全てを把握してはいません。ですが、そもそも『柔道』だって歴史上大きな変化を繰り返してきました。当て身技は形骸化し、元々の柔道着が「相手が技をかけやすいように」などという精神とはまるで無縁の『半袖短袴』であったことも知らない人がほとんどでしょう。技の効果だってはじめは一本しか存在せず、技ありや有効は後から付け足されたものなのですから、そう考えればごく最近国際柔道連盟(IJF)が検討している「技あり・効果の廃止」などは原点回帰に近い、とすら言えます。…感情的には、私はあくまで中立の立場なのです。それこそが真の『自他共栄』だと山嵐は考えます。たとえそれが自他共栄の考え方そのものを脅かすものであったとしても、だからこそ。

これらの変化の善悪や、柔道の二大教義の必要性そのものを論じるつもりはありません。ただ、今回これでようやく、少なくとも野村忠宏選手が勝利したオリンピック決勝戦は誤審であることが、そしてそれはひいては他の日本人選手に有利な判定にも誤審が多々含まれている可能性が大いにあることになる、ということに対して、日本柔道の第一人者である篠原信一氏のお墨付きを得て問題提起することができました。私は(私の考えるところの古き良き)柔道を知る者として、これ以上柔道を観る人たちを混乱させないためにも、自他共栄の精神に則り、残酷なまでに公平に一つ一つの試合を検証していきたいと思っています。



真面目過ぎる本文に比べるとわりとどうでもいい続きを読む
posted by 山嵐拓夢 at 02:14 | Comment(2) | TrackBack(0) | 柔道(Judo)コラム
2008年01月20日

東京を21世紀型都市モデルとなる「五輪公園」に、招致委員会


※ものすごいスケール、それを公園と呼ぶのか(笑)。
posted by 山嵐拓夢 at 00:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | オリンピック情報
2007年10月28日

井上康生「投げ切ることが大事」、審判体験で北京へ決意新た=柔道

ネタ元:Yahoo!ニュース
確か柔道の審判資格は四段からでしたね、山嵐もそこまで取りたいなあ…。
記事の最後あたりに注目、言いたいことはわかるけど、そこから変えるのなら(我々が言うところの)『正しい柔道』が風化する覚悟もしないと。
posted by 山嵐拓夢 at 21:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 柔道(Judo)ニュース

<柔道>「形」の第1回国際競技大会 東京・講道館で開幕

ネタ元:Yahoo!ニュース
どちらかというと『単語』のような…(創始者に向かってなんて意見をw)。
タグ:柔道 講道館
posted by 山嵐拓夢 at 21:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 柔道(Judo)ニュース
2007年10月20日

ナショナルトレセンに世界基準の畳導入

ネタ元:Yahoo!ニュース
色はいつのまにか変わってたって感じ。これでフランスの柔道施設レベルに少しでも追いつくか!?
posted by 山嵐拓夢 at 15:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 柔道(Judo)ニュース
2007年10月13日

「ペタンク」はスポーツか、ノスタルジーか


※明日は我が身、柔道がノスタルジーと呼ばれる日が来たらあまりに寂しい。
posted by 山嵐拓夢 at 20:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | その他スポーツ・格闘技
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